「◯◯だったらいい人なのに」「◯◯しなければいい人なのに」と言われたことはありますか。その場合のいい人とはどんな人なんでしょうか。
世間一般としてのいい人を指しているのでしょうか。
言っている本人は「世間一般としてのいい人」を指して発言しているようにも思えます。
でも本当にそうなのでしょうか。
とかくこういう言葉には注意が必要です。
「世間一般としてのいい人」とはどんな人なんでしょうか。
きっと言っている本人もちゃんと定義して使ってはいないでしょうね。
でも言われた相手はそういう風に’いい人’を持ちだされて否定されれば良い気はしません。
では、言った本人はどういう意味でいい人と言っているのでしょうか。
それは「自分にとっていい人」という意味で使っているのです。
「◯◯だったら(自分にとって)いい人なのに」「◯◯しなければ(自分にとって)いい人なのに」という風に。
時には「自分にとって都合のいい人」という意味で使われていることもあるでしょう。
「自分にとっていい人」とは、自分のコンフォート・ゾーンに合致している人ということです。
相手が自分のコンフォート・ゾーンに合致していない部分に対して、「◯◯だったら」「◯◯しなければ」と言っているのです。
もし今度そのような言葉を掛けられたら「自分にとって(都合の)いい人」という意味として言ってるんだな、相手のコンフォート・ゾーンはそこなんだなと観察してみてください。
そんな言葉に不用意に傷付いたり、自己評価を下げる必要はありませんからね。
この世の中で普遍的で絶対的にいい人なんていないのですから。