なんでも鵜呑みにしないこと。私達は鵜じゃないのだから

newspaperだいぶ昔のことですが、大手新聞の「読者の声」欄に投稿したことがあります。
投稿した理由は、「読者の声」欄を読み様々な人の文章を読むこと、そして自らが投稿することで文章を書く訓練になる、ということを何かの本で読んだからです。

掲載されそうなネタは何かないかと考え、それを短い文章に纏め、新聞社へメールで送付しました。
「読者の声」への掲載は相当な競争率であると聞いていたので、何回か投稿しているうちに掲載されるのかなと期待せずにいると「○月○日の朝刊に投稿した記事が掲載されます」と新聞記者から電話がありました。

その電話で、新聞記者から記事の内容の背景をはじめいくつかの質問をされ素直に答えました。あえて書かなかった部分についても質問をしてきたので、なるほど記者というのはなかなか鋭いものだなと感じました。そして、後で掲載原稿をメールで送るので確認してください、と言われ電話を切りました。

しばらくして、原稿がメールで送られてきました。その原稿は、確かに僕が書いた内容をベースにしてあるけれど、電話で聞かれた内容が盛り込まれ、初めに自分が書いたものとはだいぶニュアンスが違うような書きっぷりに変わっていました。更に、当初自分があえて触れていなかった部分も文章にされていました。

僕は、憤りを感じながら、記者が校正した文章に手を入れ、特にあえて書かなかった部分については削除し、返信しました。すると記者はその部分はこういう理由で是非入れたい、読者も知りたいはずだと返答してきました。僕は他の部分に手を入れたところはニュアンスが違うけどまあ仕方ないかなと諦めましたが、そのあえて触れなかった部分については断固削除を再依頼し、渋々記者の方も了解しました。

それまで「読者の声」欄の記事は、投稿者の記事がそのまま載せてあるのかなと思って読んでいたのですが、だいぶ記者が加工し、中には電話でのやり取りから全く新しく記者が原稿を書いたものもあるような気がします。

投稿者が何を言いたいのかよりも、記者が投稿者の名を借りて自分の主張をしたり、読者受けするような加工がされている場合もあるのでしょう。「読者の声」欄でさえ、記者のフィルターでここまで変るのですから、通常の記事がどれだけ偏ったものなのかは容易に推測されます。

この一件以降、僕は「読者の声」欄の記事は読まなくなりました。
そして、新聞を読むときに、その記事にどのような意図があるのかを考えてみるようにもなりました。

新聞に書かれていることはなぜか正しいような錯覚を感じますが、必ず記者・編集者・新聞社・スポンサー等の意図が紛れ込んでいます。

マスメディアの流す情報には疑問を持って接する、そんな健全な猜疑心が必要です。書いてある記事を鵜呑みにしていると、知らないうちに、他人に敷かれたレールの上を生きることになってしまいます。

世間で正しいものと言われているものを、まずは疑ってみましょう。
洗脳から覚めるためにも。

僕の好きな言葉を紹介します

「なんでも鵜呑みにするな。私達は鵜じゃないのだから」

 

追記:「読者の声」欄に掲載されたことはその時に誰にも言わかなったのですが、なんと親戚や同僚や知り合いから「掲載されていたね。読んだよ」と電話やメール等で連絡を頂きました。「読者の声」は多くの人が読んでいているんだなと思うと同時に、名前だけでよく分かったなと感心しました。なかには、大学の同期の青森にいるお母さんが「この人、あなたの友達じゃない」と連絡して来たケースもありました。そのお母さんとは同期の結婚式の時にしかお会いしたこと無いのだけど。。。新聞の影響力の大きさに驚くとともに怖くも感じました。

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