一生ものと言うには短すぎる

Gyokusendo

青山を歩いていたら、ふと1軒のお店に吸い寄せられました。

特に目立つ看板があるお店でも、人が入っているお店でもなかったのですが、ここに自分の好きなモノがありそうだというのが直感で分かりました。

お店の中に入ると、そこには銅で作られた急須やお皿やコップなどが棚に並んでいました。

その銅器達の中で金色に輝いた湯沸に目が止まりました。

一目見てこれだと思いました。

 

いつもコーヒーを淹れるときは主に銅製のドリップポットを使っています。

銅製のドリップポットは銅イオンがお湯を柔らかくしてくれるのと、銅の色合いがインテリアとしても優れているので、銅のドリップポットだけでもいくつか持っていて使い分けています。

コーヒーを淹れるドリップポットと、お湯を沸かす湯沸かし(ケトル)とは幾つかの理由があり分けて使っているのですが、湯沸かし用の銅製の湯沸がちょうど欲しいなと思っていたところでした。

やはり欲しいものは無意識が探してくれる(情報をキャッチしてくれる)ものです。

 

今回手に入れた湯沸は、200年(1816年創業)に渡り鎚起銅器製作一筋に歩み続けてきた「玉川堂」の職人さんの手によって一つひとつ作られたものでした。

Gyokusendo_HI_bottomその湯沸から感じる歴史や高い技術力などから、これは一生使えるものだなと感じました。

そして、これでまた一段とコーヒーが美味しく淹れられそうだと嬉しくなりました。

 

持ち帰り、桐箱から湯沸を取り出すと、そこには「玉川堂」の製品が紹介されたパンフレットが入っていました。

その冒頭に7代目当主の言葉が載っていました。

少し長くなりますが色々と気付かされる内容なので引用します。

「玉川堂の魅力は、その歴史や技術だけではありません。玉川堂の真の魅力は、お客様が世代を超えて銅器をご使用くださる、その「時」にあります。

機械力によって生産された工業製品の多くは、お客さまの手に渡った際が最も綺麗で、その後褪せていきます。

しかし、職人が何回も銅を叩いて製作する玉川堂の銅器は、お客さまと出会った瞬間から美しい「時」を刻み始め、色合いが深まり、艶や味わいを増していきます。そしてその美しさは、子や孫へ、受け継がれていくのです。(中略)

一生ものと言うには短すぎる玉川堂の銅器は、限りない未来へ向けて、時とともに成長する生きた器です。

初めて手にされた時、そして日々使う時、百年後の輝く姿を思い描いてみてください。」

 

私は先程この湯沸は一生ものだと感じたと言いましたが、一生ものというには短すぎるのですね。

「一生ものではなく、何世代もの」であるこの湯沸は、自分の一生という年月を遥かに超えて思考することの大切さを、使う度にリマインドしてくれるでしょう。


玉川堂 http://www.gyokusendo.com/

追記:銅は人類が道具を使い始めてから最初に使用した金属と言われています。

It's only fair to share...Tweet about this on TwitterShare on FacebookShare on Google+Email this to someone

Leave a Comment