大きなスコトーマ

bigscotomaL.A.に着きました。アメリカは車社会だと言われますが、L.A.に来ると特に車社会だと感じます。

L.A.の街自体が車がないと生活しづらいように作られているようにも思えます。

そのため今回の滞在中はレンターカーを借りて移動することにしました。

まずは空港でレンターカーを借りて、ホテルまで移動しました。

もちろん左ハンドルで、右側通行です。

日本と反対なので車線を間違えないようにと、常にセンターラインが自分の左側にあることを意識しながら右左折をしたりと、暫くは意識的に運転する必要があり頭も忙しく感じます。

それでも暫くするとそれにも慣れて無意識化されてくるので、人間の適応性の凄さも感じることができます。

 

日本では左側通行、アメリカは右側通行は最も分かりやすい交通ルールの違いですが、それ以外にも交差点でのルールなどいくつもの違いが見られます。

どちらの国でもそれぞれにその交通ルールに従って普通に車が運転できるので(上手い下手や慣れなどもありますが)、これらの交通ルールは人間が生得的に持っているルールではないことが分かります。

つまり、交通ルールにはこれが絶対的に正しいというものが無いことが分かります。

しかし、その交通ルールを学び、そのルールの中で運転を続けていると、いつしかそれは当たり前の前提として私たちを無意識に縛ることになります。

 

交通ルールは分かりやすい例だと思いますが、私たちにはこのような社会的に決められたルールに従い、それを正しいこととして自分のビリーフ(信念)として受け入れているものが沢山あります。

そして、そのルールに慣れてしまうと、それを正しいものとして疑わうこともしないようになってきます。

その時には自分のビリーフ・システムにも当然取り込まれています。

 

それが私たちの「大きなスコトーマ(盲点)」を作っています。

まるで自分がすっぽりとその中(ルール)に入り込んでいて、入れられているもの(ルール)には気づかない状態です。

そのような大きなスコトーマであるルールに気づくには、ルールより高い視点を持つことが必要ですが、まずは日本とはルールが違うところ(海外)に行ってみるのが分かりやすいのではないかと思います。

それでも、やはり日本に帰るとまたそのルールに従い、そのルールに自分がすっぽりと入ってしまっていることに気づかなくなってきます。

そのため、ルールより高い視点を維持するためには、大きなスコトーマであるルールに気づいた時点で、そのルールを超える(それより抽象度の高い)ゴールを持つことが必要となります。

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