Armchair Victims

CDC「Psychology of a Crisis」のレポートの中で、天災や災害が発生している時の人々の内面に起きることの一つとして「代理リハーサル(Vicarious rehearsal)」が取り上げられていることは注目すべき点だと感じています。

(Vicariousを代理と訳しましたが「想像上で他人の経験を通じて自分のことのように感じられること」を意味する言葉です)

代理リハーサルする人を、CDCレポートでは’Armchair victims’と表現しています。

  • armchairとは、名詞では文字通り「肘掛け椅子」の意味ですが、形容詞では「1.実際に経験のない、机上の 2.間接的に想像によって参加する(ジーニアス英和大辞典より)」という意味で使われます。
  • victimは、犠牲者、被害者、被災者という意味です。

 

現代の情報化時代においては、実際に被災している方々以外にも、テレビやインターネットといったメディアを通じて(距離的にも遠く離れた)間接的な被害者が生まれる可能性があることをCDCは伝えています。

このような’Armchair victims’が生まれてしまうのは、私たちが、物理的なもの(物理空間)だけではなく、情報的なもの(情報空間)にも臨場感を得られるように脳が進化しているからです。

情報空間に高い臨場感を得られるよう脳が進化したことは高度な文明や文化を生み出すことに繋がった良い側面もありますが、高度情報化時代においては、’Armchair victims’を生み出し、それに対処する必要があるという新しい問題にも繋がっています。

’Armchair victims’は、代理リハーサルにより自身が将来被災した時の備えをするために必要な行動を起こす場合もありますが、「これらの直接の被害者でない人達の行動が事態の回復や対応を遅らせてしまうことがある」ことが問題となります。

 

私も今回の九州での地震発生後に、熊本で被災しているクライアント等とクライシスサイコロジーに対応するために連絡を取り合っていますが、遠方から様々な暖かいメッセージが届くとともに、対応にも困ることがあるそうです。

それは’Armchair victims’ですね、と説明すると妙に納得していました。

’Armchair victims’は、テレビなどのメディアで繰り返し流れる地震発生時の映像を繰り返しみることによって、自身も被災したような心理状態になっています。

そうすると、被災地の方に「不安ですね」とか「こんなに余震が続いていると心が折れてしまうよね」などとメッセージを伝えたりすることがあります。

実際に被災された方がそう言うのであれば、その不安や恐怖は認めてあげる必要がありますが、被災された方が不安や恐怖を言わないのに、先回りしてそう伝えることは、ネガティブアファメーションになりかえって逆効果になります。

逆に「あなたのために私はいつもここにいる」「いつでもメッセージして」というような、いつでも助ける「あなたの味方」というメッセージは、とても心強く感じたようです。

 

では遠方の方が、なぜそういうネガティブアファメーションを言ってしまうのかと、自身が’Armchair victims’として被災した時のような心理状態になってしまっているからです。

そして、自身の不安や恐怖を解消するために(元のコンフォート・ゾーンに戻ろうと)、被災地の方に向けてメッセージや行動とることがあります。

それが結果として、CDCレポートでも書かれている「これらの直接の被害者でない人達の行動が事態の回復や対応を遅らせてしまうことがある」ということに繋がる場合があります。

 

これは、テレビなどのメディアにも問題があります。

知人のアメリカの大学教授も、今回の報道で「こんなに何度も1番酷かった地震の場面を繰り返し放送したらトラウマになる」と怒っていたようです。

また、被災地にいるクライアントのお母さんも、情報を得るためにテレビを付けると「(地震の映像を)何度も繰り返さなくてよい。欲しいのは今と今後の情報だけ」と怒っていたそうです。

まったくもって、その通りだと思います。

いまこの状況下で地震の場面の映像を繰り返し放送することに何の意味があるのでしょうか?

今と今後の情報を知りたいために、テレビを付ければ、そこには過去の情報が繰り返し流れている、これでは被災地の方をますます心理的に追い詰め(トラウマ化を手助けしているのと同じです)、被災地以外の’Armchair victims’を増やしているだけです。

CDCのレポートは、個人に向けたものではなく、公共機関などの情報提供者に向けて書かれたものです。

その中には「Negative Vicarious Rehearsal」の例として2011年の東日本大震災も取り上げられています。

その教訓が活かされていないということは、このレポートを見ていないか、無視しているのでしょう。

直接被災されていない方は、メディアの情報により、自身が’Armchair victims’となって、「これらの直接の被害者でない人達の行動が事態の回復や対応を遅らせてしまう」ことがないようにすることが必要です。

そのための第一歩は、’Armchair victim’という概念を知ることだと考え、本日の記事でお伝えすることにしました。

 

以下は、参考資料です。



4/16にこのブログで紹介したCDC「Psychology of a Crisis」からの抜粋を以下に掲載します。

What Is Vicarious Rehearsal?

  • The communication age gives national audiences the experience of local crises. These?armchair victims mentally rehearse recommended courses of actions.
  • Recommendations are easier to reject the farther removed the audience is from real threat.
  • The worried well can heavily tax response and recovery.

代理リハーサルとは?

・情報化時代は国民に他の地域の災害を疑似体験する機会を与える。このような仮想の被害者は、頭の中で災害時に推奨されている取るべき一連の行動のリハーサルを行う。

・人は実際の脅威から遠ければ遠いほど推奨されている行動を取ろうとはしない。

・これらの直接の被害者でない人達の行動が事態の回復や対応を遅らせてしまうことがある。



上記の内容は、CDCが発表している『CRISIS EMERGENCY RISK COMMUNICATION 2014 EDITION』を要約したものです。

以下に、そのレポート内の「Negative Vicarious Rehearsals」の部分とその日本語訳を掲載します。

『CRISIS EMERGENCY RISK COMMUNICATION 2014 EDITION』

CDC(U.S. Department of Health and Human Services, Centers For Disease Control and Prevention)

〈米〉保健社会福祉省 危機管理センター

Chapter2 : Psychology of a Crisis

第2章危機における心理

Behaviors in a Crisis ? Negative Vicarious Rehearsals

危機における行動?ネガティブ代理リハーサル

?In an emergency, many communication and response activities are focused on audiences who were directly affected, such as survivors, people who were exposed, and people who had the potential to be exposed. However, these targeted messages will also reach people who do not need to take immediate action. Some of these unaffected observers may mentally rehearse the crisis as if they are experiencing it and practice the courses of action presented to them.

非常事態においては、多くの情報伝達や対応活動が緊急事態の生存者、被害者、被害の可能性がある人々に向けにて行われます。しかし、これらの情報は即座に対応する必要のない人達にも届きます。被害者以外の人の中には頭の中で危機の代理リハーサルを行い、あたかも本人が実際体験しているかのように、推奨された一連の行動をとる人もいます。

In many cases, this mental rehearsal can help to prepare people for the actions they should take in an emergency. This may reduce anxiety and uncertainty. As a communicator, you may encourage this type of mental rehearsal by asking an audience not yet affected by an emergency to create an emergency plan of action according to your recommendations.

危機を頭の中でリハーサルすることは、ほとんどの場合、実際の非常事態時にとるべき行動に備えるのに役立ちます。更に不安感や不信感を押さえるかも知れません。情報伝達者は、このような頭の中でのリハーサルを、まだ被害に遭っていない人に行ってもらい、緊急時における計画を提言に沿って作ることを勧めても良いでしょう。

Other times, spectators farther away from the emergency may be much more critical about the value of your recommendations because they have more time to decide their chosen course of action. In some cases, they may reject the proposed course of action and choose another. If a person rejects an action, it may be harder for that person to take that action in the future. For example, if people hear a story about a search and rescue effort for someone lost in the wilderness they may mentally rehearse how they would act in a similar situation. If they plan out creating an elaborate shelter, starting a fire, and finding food, instead of finding a simple shelter and water and waiting for rescue, then those are the actions they might choose to take in the event that they do find themselves lost in the wilderness. This would decrease their survival chances because they would waste their energy and resources on less important actions.

非常事態から遠い人は推奨される行動の価値に対して、取る行動を選択する時間があるため、より批判的になるかも知れません。若しくは、推奨された行動以外の行動を取るかも知れません。一度その行動を拒否すれば、将来的に必要な時でもその行動を取るのが難しくなるでしょう。例えば、人は山林地域での行方不明者の捜索援助活動の話を聞けば、自分が山林地帯で迷えばどう行動するかを頭の中でリハーサルします。その時に簡単な避難場所と飲み水を確保して救助を待つのか、念入りに避難場所を作り、火を熾して食料を探すことを考えるのかによって実際にとる行動が予測できます。後者のような行動をとればあまり重要でない行動に体力と資源を使い生存する確率が下がります。

People practicing negative vicarious rehearsal might decide that they are at the same risk as those directly affected by the emergency and need the recommended remedy, such as a visit to an emergency room or a vaccination. These people, sometimes referred to as the “worried well,” may heavily tax response resources by requesting medical treatment they do not need. For example, during the 2011 Japan Earthquake, Tsunami and Radiation Disaster, people who lived on the west coast of the United States and Canada began to worry about radiation exposure coming across the ocean from Japan. Because people very close to the danger in Japan had been advised to take potassium iodide (KI) to mitigate effects of radiation, some people in North America thought they should take KI too. In fact, when unneeded, KI has dangerous side effects and should not be used.

ネガティブな代理リハーサルを行っている人は直接の被害者と同じような危険な状態にあると思い込み、緊急治療室での処置や予防接種といった推奨された治療が必要だと感じてしまうことがあります。これらの「過剰な不安感を抱く人」は必要のない医療処置を求めるため対応に負担をかけることになります。例として、2011年東日本大震災には、米国とカナダの西海岸に住む人々は日本から放射線が海を越えてくると思い、放射線被ばくを懸念していました。それは、日本国内で被災地から近い人々が放射線の影響を抑えるためにヨウ化カリウム(KI)の摂取を勧められていたため、米国に住む人も同様にヨウ化カリウムを摂取すべきだと一部の人は考えてしまいました。実際は、ヨウ化カリウムは副作用があるため、必要でない場合摂取は危険で使用されるべきではないのです。

Communicators can help to address the effects of negative vicarious rehearsal by creating simple action steps that can be taken by people not directly affected by the emergency. Simple actions in an emergency will give people a better sense of control and will help to motivate them to stay tuned to your messages. During the Japan emergency, communicators related to people on the West Coast what they could do to help people in Japan; what they could do to learn more about actual levels of radiation reaching the United States; and directed them to fact sheets about when KI was and was not necessary. “Let your friends know KI can be dangerous when not needed” became a new action people could take.

情報伝達担当者は、ネガティブ代理リハーサルの問題の対処措置として、直接被害を受けていない人々向けの分かりやすいアクションステップを考案すると良いでしょう。非常事態において簡単な行動を行うことにより人はコントロール感を維持でき、その後の情報にも耳を傾けるようになります。日本で発生した東日本大震災の時に情報伝達担当者たちは、アメリカ西海岸に住む人々に向けて「日本の被災者を支援するために何ができるか、米国に到達する実際の放射線量を正しく知る方法、そしてヨウ化カリウム摂取が必要な時と必要でない時のファクトシート」などの情報を発信しました。ヨウ化カリウムの不要な摂取は危険だということを友人にも知らせる、という新しい行動がとれるようにしたのです。

When communicators create messages, they are likely to segment their target audience into groups who need to take different types of action. The challenge is to convince people unaffected by the emergency to delay taking the same action recommended to people directly affected unless it is circumstances change. Create alternative action messages for those people who are vicariously experiencing the threat, but who should not take the action currently being recommended to those directly affected.

情報伝達担当者が情報を発信する際は、受け取る側のとるべき行動の違いによって情報の内容を分けることが多いようです。ここでの課題は非常事態であまり被害を受けていない人々が直接の被害者と同じ行動を、状況が変わらない限りは、とらないように説得することです。そのためには、想像上の非常事態体験をしている人が直接の被害者へ推奨されている行動と同じ行動をとらないように代替アクションメッセージを発信するべきなのです。


【出典】

・CDCのレポートは、CDCのHPのEmergency Preparedness and Response―CERC Basicの中にあります。 http://www.bt.cdc.gov/cerc/resources/

・『CRISIS EMERGENCY RISK COMMUNICATION 2014 EDITION』CDC

http://www.bt.cdc.gov/cerc/resources/pdf/cerc_2014edition.pdf

(約425頁・12MBありますので、ダウンロードに多少時間が掛かかります)

2 Comments

  1. 匿名

    訳文の誤記の可能性について:‘前者’→‘後者’
    いつもコーチングについてのためになる記事をありがとうございます。今回も先生の記事を通して熊本地震の報道に対する冷静な対応の大切さについてわかりやすく教えて頂きました。
    「Negative Vicarious Rehearsals」の部分とその日本語訳について、3段落目(Other times?)、最後の一文(This would ? actions.)の、先生の訳文の‘前者’は‘後者’としてした方が文意が取れるように思います。ご確認のほどよろしくお願いします。
    because they would waste their energy and resourcesとIf they plan out creating an elaborate shelter, starting a fire, and finding foodが対応していると読めるからです。

    • tajisuke

      丁寧に読んで頂きありがとうございます。確かにご指摘の箇所は‘前者’→‘後者’の誤りですので修正いたしました。

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